心が亡くなるのではない

Diary

親の介護が気になる時期が来ることは多く人が経験する

平均寿命も長くなり老化に逆らえない生命は

脳の機能も衰えていくのは当然のこと

自分でも自覚できるくらいだから

高齢者はもっと不安になる時期を過ごすことも多いだろう

物忘れの始まりに気づきにくい家族には沢山出会ってきた

家族だからこそしっかりして欲しかったり

あまり気にせず注意したりする

心のすれ違いが生じていることに気づかずに

不信感や怒りっぽくなる様子に苛立ってしまい溝が大きくなっていく

そんな家族を沢山見てきた

頭でわかっていても体験すると難しい

そう感じることは多い

何度も聞いたとか注意したくなる気持ちを抑えつつ

かといって初めて聞くような演技も難しく

否定せず相槌を返すものの

相槌がなくとも何度も聞いた話を話し続ける様子の親へ

自分の思いが何なのか巡らせつつ

最終的には親心への感謝を思い

残りの人生の過ごし方を考える

忘れていくというのは

時に有難く、時に寂しくあるものですが

どこかに心はあるものだと思います

心を亡くす漢字が

「忙しい」「忘れる」ですが

心は亡くなっていなくて

心を感じ取る周りの思いやりで支えていくこと

大事にしたいですね

認知機能の低下という忘れるが目立たなかった昔は

忘れるのは心を込めていない集中していないということだっただろうけど

呆けや痴呆が認知となった現代だから

忘れるも変化しているように思う

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