人生が豊かになる「喜捨」の精神
人に尽くしただけのものは必ず返ってくる
「喜捨」と言う禅語は「喜んで捨てる」ことを意味するようです。
例えばお参りの時のお賽銭は、願い事を叶えてもらう対価ではなく、心に渦巻いているよからぬ執着を捨てることを意味する行為のようです。
「心の曇りを振り払い、何のわだかまりもない気持ちで生きていく」と言う決意表明と言えるようです。
人の力になる時も同じで、我が身を捨てて人のために尽くす、ただそれだけ。
見返りを期待せず、純粋な気持ちから行う行為であればこそ、人間関係が良くなっていくようですよ。
恥ずかしながら、お賽銭は願いを叶えてもらう対価かと思っていました。
見返りを期待せず、純粋な気持ちで「喜んで捨てる」の精神を人間に出来るのだろうか・・
世の中いろんな人がいます。
相手がどんな人であろうと、「喜捨」の精神で人に尽くしてみよう。
その人からかもしれないし、違う形で返ってくる。
でもこれって、見返りを期待していることになるんじゃないかな・・・
人としての経験と成長になればいいのだと思います。
ただそれだけ
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